人的資本の価値を最大限に生かした採用ブランディング戦略の実践法

2023/5/24 Wed. ライター : 小谷 哲也
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政府の企業に対して人的資本の開示を求める方針に伴い、近年人的資本経営への注目度が高まり、投資家が投資判断する際も人的資本に着目するようになってきました。また、各社の情報開示とそれに伴う広報活動の影響で、求職者や従業員といった投資家以外のステークホルダーに対してもその影響が考えられています。

この記事では、経営者・人的資本経営のプロジェクトメンバー・人事部の方に向けて、人的資本の求職者に対しての影響と、有価証券報告書や統合報告書での情報開示だけでは補えない、求職者に向けたコミュニケーションに必要な視点と具体的な方法を「採用ブランディング」の考え方を用いて解説します。

 

人的資本経営×採用ブランディングの考え方


求職者にも人的資本に独自価値を示す企業として認識されるべき

人的資本の開示において、有価証券報告書で具体的に情報開示が望ましいとされている項目は、「人材育成」「多様性」「エンゲージメント」などの19項目からなっています。

具体的な項目の中には「女性の管理職比率」、「男性育児休業取得率」、「男女間賃金格差」といった求職者にとって昨今特にニーズの高いテーマが複数含まれています。つまり人的資本経営は、求職者のニーズに対応するために発信の起点にもなる情報であり、人事担当者が注視すべきトピックなのです。

また、情報開示において人的資本の項目の方向性は以下の2つの観点で定められています。

1 「独自性」と「比較可能性」のバランス

他社の事例や特定の開示基準に沿った横並び・定型的な開示に陥ることなく、自社の人的資本への投資、人材戦略の実践・モニタリングにおいて重要な独自性のある開示事項と、投資家が企業間比較をするために用いる開示事項の適切な組合せ、バランスの確保をすること

2 「価値向上」の観点と「リスクマネジメント」の観点

開示事項には、「企業価値向上に向けた戦略的な取組」に関する開示と、投資家のリスクアセスメントニーズに応える「企業価値を毀損するリスク」に関する開示の大きく2つの観点があることを意識し、説明方法を整理すること

※出典)内閣官房「人的資本可視化指針」(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/sustainable_sx/pdf/007_05_00.pdf

この方向性で言及されている、1はとても重要なポイントです。人的資本への投資で明確になることは、組織・人の価値、働き方の価値に対する戦略と実施の実態であり、それが他社と比較しても独自性を持っており、かつ比較されやすい指標も合わせて開示しなければいけません。

企業の価値を明確にし、他社と比較されながらも独自のポジションを築いていくという考え方は、求職者に向けた採用ブランディングにおいても共通します。投資家に信頼され、選ばれるために指標を開示するのと同じように、求職者や従業員に対しても、その独自性や価値を持つ企業(=ブランド)として発信し、信頼や共感をしてもらうべきです。人的資本経営には、コミュニケーションとして昇華するという視点がまだ欠けている状況もあり、この視点を人事担当者が持つことができるとより有効に人的資本経営を促進することができます。

数字開示だけでは「働く場」としての魅力が伝わらない。「組織のビジョン×経営者・社員の価値観・ストーリー」が重要

「人的資本可視化指針」では、"自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性(統合的なストーリー)を描くことを推奨する。その上で、統合的なストーリーに沿って具体的な事項(定性的事項、目標、指標)を開示することが望ましい。"と記載されていて、このストーリー性もひとつの大きなポイントです。

求職者に対してのコミュニケーションを起点に考えると、人的資本経営で整理した人的投資の内容、人材戦略や組織のビジョン、そしてその実施の実態だけでは足りません。人材戦略・組織ビジョンについては理解できても、有価証券報告書や統合報告書で各領域に対して報告を行う内容は、計画に対しての定量的な実態を記載するケースが多く、「数字の開示」だけでは「働く場」としての魅力や価値は求職者にとってはリンクしづらいからです。

採用ブランディングの考え方では、「人のストーリー」を意識することが重要です。人材戦略、組織ビジョンにおいては、経営者やマネジメント層がどういう背景を持ってその意思決定をしているのか、そこにどういったストーリーがあるのか。人的資本経営の実施実態においては、制度の活用やデータ開示されている利用実態の背景として、当事者となる社員のストーリーや価値観を深掘りしていくと、求職者や社員に共感される起点が見えてきます。特に、組織カルチャーの醸成に力を入れている企業では、社員の価値観やストーリーの背景に、組織やチームの価値観が現れることも多く、まさに統合的なストーリーとして、戦略からn=1の社員の価値観やストーリーまで血が通っていることが伝わります。このn=1の深掘りが、求職者に向けた「人的資本コミュニケーション」においてはとても重要になります。

 

人的資本経営×採用ブランディングの実践方法


実際に、人的資本経営を求職者に向けたコミュニケーションとして昇華し、採用ブランディングを行うための実践方法を解説していきます。流れとしては、市場/ターゲット分析→自社発信方針の明確化→コンテンツの制作→発信という流れになります。

人的資本のトレンド・求職者のインサイト把握と企業価値の明確化

組織の魅力が、人的資本経営の文脈も含めて求職者に伝わり共感されるためには、まずは客観的な視点を持って自社の組織価値を明確にする必要があります。採用ブランディングにおいても、採用競合や他社の広報活動の分析、求職者のインサイトを分析することが重要ですが、人的資本コミュニケーションでも同様です。

    ▼把握のための手法

1. 人的資本経営の他社の取り組みと広報活動の実態と反響分析

2. 求職者・働く人のインサイト分析

3. 働く人に向けたオンラインアンケート調査

特に1と2において、より客観的なデータを分析するために、SNSデータ分析を活用することができます。SNSは「発信の場」として活用するのが一般的かと思いますが、SNSにはユーザーの投稿やいいねなどの反応など、多くの生活者インサイトのデータや世の中で注目されているトレンドデータが蓄積されているので、人的資本経営の領域においても「多様性」や「育児休暇」など働き方やキャリアにおける求職者のリアルなインサイトを分析し、把握することが可能です。

人的資本経営で整理した企業の組織価値や人材価値・ビジョンと、データから分析した求職者の価値基準・インサイトを掛け合わせることで、自社が打ち出していくコミュニケーション方針を明確にし、より共感性の高い発信をすることができます。

イメージしづらいかもしれないので、例を記載します。

例)自社の産休育休支援制度を特にPRしたい場合

人的資本経営において、開示が多い領域のひとつが「男性の育休取得率」です。例えば「自社の産休育休支援制度」をメインに発信していきたい場合、以下のように分析し示唆を明らかにしていきます。

まず、「産休」「育休」などに関して既にSNS上でリツイートやいいねを多く集めている記事や投稿など、注目を集めているコンテンツを分析し、切り口を分析します。記事や投稿の内容と切り口の特徴を見ていくことで、ターゲットに対してどんな切り口・メッセージで発信すべきかという参考の材料になります。

実際の分析例でいうと、「産休育休の取得」だけでなく、大事なのはその際に社内にコミュニケーションしやすい環境があるのか、またそれが組織的なビジョンやスタイルと紐づいた考え方になっていると、心理的安全性が高い組織として魅力的に伝わる。などがSNS上では共感が得られており、産休育休に関わる周囲の社員との関係性や会社の組織ビジョン・カルチャーなどと紐づけた切り口は共感性が高い、などの示唆が出てきます。こういった客観的なデータも用いて、どういった内容で発信すると自社の人的資本経営の取り組みが共感されるのかを検討し、方針を定めます。

「人×メッセージ×媒体」の整理による具体コンテンツの設計

誰を主語に、どんな媒体で、どんな切り口で発信するかを組み合わせることで、コミュニケーションの起点となるコンテンツを考えることができます。

客観的なデータ分析と発信したい方向性とメッセージが決まった後、次に、どの人を主語にするかという語り手を決めます。働く人・求職者の共感を呼ぶために、社員の誰に語ってもらうかは重要な要素の一つです。そして、媒体の選定。採用サイト、オウンドメディア、外部メディア、SNS、動画メディア、Podcastなど、SNS以外にも共感を生むことができる発信媒体がたくさんあります。WEBメディアやプラットフォームを多面的に活用することで、よりターゲットと日常に近いところでタッチポイントをつくれる可能性が高まります。

以上の「人×メッセージ×媒体」のフレームワークを実践することが、求職者の共感を生むコンテンツ作りを成功させるための第一歩になります。今後、人的資本経営を促進するために、求職者に向けた採用ブランディングを検討する際などには、このフレームワークをぜひ活用してみてください。

SNS上で注目を集めている企業の事例紹介


ここまで、人的資本経営の概念や、採用ブランディングの考え方を用いて対外に向けたコミュニケーションの方法を解説しましたが、次に、具体的に人的資本経営に関わる取り組みをコンテンツを通して求職者や従業員と上手にコミュニケーションを図っている注目企業の事例を紹介します。

事例:マネーフォワード「産休育休ガイドブック」

    内容:妊娠・出産・子育てや復職に関する制度やお金などのさまざまな情報、また実体験にもとづいた従業員のインタビューをまとめたブック。

    媒体:オンラインで閲覧可能なPDF資料を公開

    考察:制度の記載だけでなく、ご自身が出産された方やパートナーが妊娠し育休を取得した方&その上司のインタビューがまとめられていて(全部で40ページほど)、かなりコンテンツの内容が充実しています。元々はインナーブランディング(社内向け)のために作ったそうですが、現在は求職者も読めるコンテンツとしてポータルサイトで掲載しています。「マネーフォワードであれば安心して産休育休が取得できる」と一回読んだだけで思える内容になっていると思います

事例2:メルカリ「YOUR CHOICE」

    内容:メルカリが2021年9月1日より導入した、リモートワークなどワークスタイルを自ら選択できる制度「YOUR CHOICE」の活用状況をインフォグラフィックで公開。

    媒体:コーポレートサイトで公開

    考察:働き方とかリモートワークといった求職者にとっても注目される領域で、実際の社員が制度をどのように活用しているかの実態の情報開示を行っています。また、インフォグラフィックで数値やデータがひと目で見やすく、SNS上でもエンゲージメントが高いニュースとして取り上げられていました。

採用ブランディングの視点をもとに人的資本経営のトレンドを読み解き、実際に採用活動に活かせるノウハウや事例について紹介しました。

産休・育休制度や働き方に関する制度など、人的資本への投資によって得られた「企業・組織価値」を積極的に発信することが、採用ブランディングにつながることがご理解いただけたのではないでしょうか。今回ご紹介したフレームワークを実践していただき、貴社の人的資本経営、そして採用ブランディングに少しでもお役に立てれば幸いです。

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